両忘の時‐ある日、その時‐

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プロフィール

Le Profil de Masaru Hirayama 

平山 勝

(Masaru Hirayama)

 東京生まれ。麻布から杉並に移り住んだのが祖父母の代で100年程前、古い表札には杉並村高円寺原とあった。

 以前、大学で教えてみないかという話もあったがお断りし、3ー4件あった演劇活動の協力依頼も辞し、今に至っている。スタッフとして協力してくれた者の中には岸田戯曲賞を受賞した者が2名いたことなども備忘録には書き記してある。

 

  作家、エッセイスト、演出家, プロデューサー、講師 etc

(écrivain 、 essayiste、  metteur en scène 、 auteur dramatique、 professeur、   producteur,  etc)
 
てんびん社(書籍出版) 代表取締役  
 <お知らせ>
 ー2019年度 てんびん社の推薦図書ー
 〇橋本ルシアの著作
 「火焔の王」橋本ルシア著(水曜社)など。
〇哲学者マルクス・ガブリエルの著作
 「なぜ世界は存在しないのか」(講談社選書メチエ)
 「欲望の時代を哲学する」(NHK出版新書)など。
 
 
 

 

 
  1976年-1983年 フランス喜劇を主としていた既存劇団に在籍。この時期に演出家・俳優ニコラ・バタイユ(イヨネスコの発掘者)に出会い、バタイユの仕事に関わる。退団後、フリーとして、演劇、舞踊公演などの演出、作・演出、美術、脚色、作詞、エッセイと幅広く活動。また、多くのライブ公演なども手がける。
(2008年9月パリのユシェット座を訪れ、バタイユの話を劇場の者としたばかりだったが、翌10月ピエール・ノットの芝居の稽古中亡くなった。)
 
 (※ウジェーヌ・イヨネスコ  「禿の女歌手」、「授業」などの作品でも知られる世界的劇作家で、「禿の女歌手」はベケットの「ゴドーを待ちながら」と並んで50年代前衛劇の世界レベルの代表的作品でもある。当時、イヨネスコは自分の作品が上演されることなど考えていなかったとみえて、バタイユが演出を申し入れた時、君は頭がどうかしている、気違い沙汰だというようなことを言ったらしい。1896年アルフレッド・ジャリが自作「ユビュ王」の上演に際し演出に対して明確な指示を出しているのとは好対照である。)
 
 最近の主な作品は、2007年よりフランスの新進気鋭のモリエール賞受賞作家ピエール・ノットの本邦初演作品を2本演出。2007年「私もカトリーヌ・ドヌーブ」(2008年再演)-モリエール賞受賞作品ー 2008年「背中のナイフ」  (これらの作品は訳、翻案・脚色・演出で再演する予定)
 
 
2007年 橋本ルシア フラメンコ テアトロ「Cuando he visto el viento」ー風が見えるときー(演出) (フラメンコ舞踊家 橋本ルシア氏との舞台創りは少なくとも50本は超える。) 
 
 
 2009年度モリエール賞ノミネート作品「北をめざす2人のおばさん」は「ジェラール・フィリップへの愛ゆえに」とともに4/21~ 4/26の間シアターχで上演。演出は2本とも平山勝。(2009・3/27)

 作・演出

「ポトポトポットン」、「ブレスは2小節で」、「ジャメヴュ」、「真夜中のサーカス」、「冬眠する男」、「ジャンピングビーンズ」,etc(以上は再演候補作品のみであるが、初演時とはまた別物になるだろう)
 

 翻案・演出

「死者の書」 折口信夫. 「山吹」 泉鏡花.「月と死神」 ガルシア・ロルカ. 「真夏の夜の夢」 シェイクスピア. 「挽歌」(「万葉集」より).  「葵上」 .

「出口なし」 J・P・サルトル). 「小さな殺人者」 レイ・ブラッドべりー.「幸福の塩化物」 ピチグリッリ. etc

翻訳・上演台本

「女中たち」  ジャン・ジュネ.  「忘却のスター」 イヴァン・ダウディ (共訳)ー本邦未公開、    etc.

 企画・構成  

1981年、1982年「芸人たちの午後」舞踏とマイムとフラメンコのジョイント(好評につき再演)

舞踏 ギリヤーク尼崎 マイム 並木孝雄 フラメンコ 橋本ルシア

〇上記以外の演出作品は数え切れないが、1980年アトリエ・フォンテーヌで上演された「牝山羊が島の犯罪」作ウーゴ・ベッティ(主演 仲谷昇)などはいろいろな意味で忘れがたい作品となった。 再演の要望もあり、2005年シアターモリエールで中村ひろみなどの若手で再演した。

作詞

○「ジャンピングビーンズ」劇中歌 歌:三上寛   
 出演 星ルイス(セント・ルイス)他
 ( ラロカ・デ・ラ・カーサという名前で作・演出 )
https//www.discogs.com artist  1237853La Roca Casa
 一風変わったCDである。同じ歌詞を12通りに
三上寛がソウルフルに歌い分けた前代未聞の
CDである。
※ジャケットデザイン 平山勝
 
スファイロスーSFRー001
Japan  2003  Stage&Screen
Lyrics By,Artwork By ラロカ・デ・ラ・カーサ→Masaru Hirayama
 
※このCDは三上寛がニューヨークに送ったことも
あって一時ニューヨークでも紹介されていた。 
※注意:このCDの著作権はすべて当方にあります。 
 
 実は、この歌詞で忌野清志郎のバージョンも考えてい
たが、2009年彼の死でそれも消え去ってしまった。
 
○「四季ーMy love-]   劇中歌  「四季遍歴」
 
○「コラソナーダ」 劇中歌(スペイン語)劇団昴公演
 ( ラロカ・デ・ラ・カーサという名前で作詞 )
 (終演後、どこでこのCDは売っているのかという問
い合わせがあったが、このCDは販売はしていない)
 
○「ファルーカ」 フラメンコ カンテ(スペイン語) 
  ーフラメンコ リサイタルー
 ( エーメ・アーチェという名前で作詞 ) etc.

ジャンピングビーンズ

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四季遍歴

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ブローニュの森

 

エッセイ

 随筆「筆に随いて 今」
 これは俳句雑誌に特別寄稿として連載したもの。いつの間にか編集担当者がネット上に載せていたので、誤植も訂正し、掲載予定だったものも含めこのサイト(「スケッチ」)に載せることにした。 
  
(※再演予定作品はそれぞれ好評であったものであるが、さらにまた違う世界を構築しうる作品であると思っているので、再演とは言え題名も内容も変わるだろう。)
 
その他の翻訳劇、創作劇、舞踊、詩劇、実験劇などの演出、作・演出、脚色作品は100作を越える。
 
近々、何らかの形でそのすべてをまとめようと思っている。
  

 現在、ピエール・ノットはThéâtre du Ront Point(ロンポワン劇場)所属の劇作家として、また自ら作品を上演する"Les gens qui tombent"というグループも立ち上げて活躍している。2010年、2011年にも「Et l'enfant sour le loup」で往年の大女優との共演で成功を収めている。(「メッセージ」3参照)
 
2008年9月パリ、コメディ・フランセーズにて
劇作家ピエール・ノットと平山勝
 
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                                          ピエール・ノット       平山勝      

                    2008年9月   コメディ・フランセーズ事務局長執務室にて

 

Pierre・Notte(ピエール・ノット)の本邦初演作品(平山勝演出)

〇「Pour l'amour de Gerard Philipe」(「ジェラール・フィリップの愛ゆえに」)2009年4月

〇「2petites dames vers le nord」(「北をめざす二人のおばさん」)2009年4月

〇「Les couteaux  dans le dos」 (「背中のナイフ」)2008年11月

〇「Moi aussi Catherine Deneuve」(「私もカトリーヌ・ドヌーブ」)2007年4月 2008年再演

 

※内容についてはこのサイトでも取り上げているので「メッセージ」10,11,12などを参照

 

※参考資料ー作品紹介を兼ねてー

「私もカトリーヌ・ドヌーヴ」作/ピエール・ノット

 ー日本初演(2008年)からわずか10か月後に再び「私もカトリーヌ・ドヌーヴ」と向き合うことになった。さて、これが期待以上のサプライズだった。おそらく初演の時には、民間劇場部門のモリエール賞受賞作品という立派な肩書に、何かを理解しなくてはという気負いがこちら側にあったのかもしれない。あるいはシリアスな状況下に次々に挿入される澄んだ声のシャンソンに戸惑ったのかもしれない。観終った時に自分の言葉で作品を語るには消化不良感は否めなかった。

 ところが、今回は見えた。舞台上の登場人物の心象風景がくっきりと見えた。カトリーヌ・ドヌーヴという絶対的にして甘美な虎の威を借りて自分のおぼろげなアイデンティティを支えようとする姉ジュヌヴィエーヴ、母親がまだ母親でなかった頃の歌手人生を引き継ぐかのように歌い続ける妹マリー。彼女の自己確認は口を開いた皮膚の下からにじみでる赤い血。そして、母親は思う通りにならない家族に間断なき小言の散弾を浴びせ、レモンケーキを焼き、娘の血だらけの下着を洗う。家族で唯一の男子、長男はといえばたまに実家に戻ったかと思うと映画の引用と母親の文法の間違えを指摘するときににしか口を開かず、ケーキの種にふくらし粉をひと袋丸ごとあけてしまう。文字にすると破壊的で悲愴感に満ちた家族の姿。しかし、舞台で目にする彼らは、力強く歌い、テンポ良く罵倒しあい、その過剰な不器用さゆえの滑稽さが切ない。手にはカッター、肉切り包丁、ピストル・・・あたかも死と戯れているように見えながら、聞こえてくるのは声にならない、もっと生きたい、もっと存在したいという切実な声。自分と違う誰か、ここと違うどこか、言葉にできない欲求をもてあまし、もがき、苛立ちをぶつける彼らは決してあきらめていない。むしろ生に対する熱烈なラブコールにさえ思える。それほど今回観た舞台は演出にも役者の演技にも力が漲っていた。個人的な好みを言えば、母親役を演じられた山下清美さんの小気味よい独特のセリフ回しが戦前のパリの下町女を演じて右に出る者がないアルレッティを彷彿とさせ、ヌーヴェルバーグ以降の映画の引用が散りばめられた本作で、時代遅れの存在感をひときわ際立たせていたように思う。

                ーフランス語通訳・翻訳 人見有羽子氏の文章よりー

 

 私は、人見氏とは面識もないが、的確に作品を捉えた文章で白眉なので記録に残すことにした。