両忘の時‐ある日、その時‐

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メッセージ

131.「この爺さん」も大切な時には必ずこける。

 「この爺さん」については、このサイトでも何度か取り上げているが、すでに十二分に周知されていることでもあろう。「大切な時には必ず失言する」というようなものもあったが、「失言」ではない、失言とは、言ってはいけないことを不注意で言ってしまうことで、彼の場合は、確信犯であることを明確にしておく必要がある。彼の精神構造については、このサイトの違うカテゴリーでも取り上げているので詳細は避けるが、要するに、その精神の組成因子そのものが神がかったカルト的なものになってしまっているので、不注意で出る言葉は一言もないはずである。その言葉の通りの精神構造であるということである。そこを見間違うと、この国の民主主義世界は遠のくばかりであるということである。

 言葉尻をとらえて、面白おかしく弄り回すなどという、その程度の認識でいると、今後もとんでもないことを繰り返いし、取り返しのつかないことにもなろう。今でも謝罪で済む程度のことだと思っている者がいるようだが、実に甘い、それだけで「後進国」という印象は焼き付いてしまう。それは精神の基幹をさらけ出しているということがまったくわかっていない証左でもある。見れば、一目瞭然であるが、このカルト系世界にはまっている、あるいは洗礼を施されている者たちの精神上の展開は全く期待できない。それは、すべてにおいて自己完結しているからである。このカルト系世界の厄介ところは、緩やかにいつの間にかそれと気付かないうちにその人間のパラダイムを形造ってしまうところである。すでに展開不能な自己完結に陥っている者たちには、未来永劫自己完結することのない絶対一回性の歴史展開にはとてもついていけまい。

                                  2021 2/14